この世界は、じつはプログラムなんじゃないか。ときどきそんな話を思い出しては、いつも気になっています。なのに、毎回その名前を忘れる。シミュレーション仮説だったか、プログラム仮説だったか・・・どちらかだったと思うんですけど。
2026年の秋ごろ、今度こそと思って調べてみたら、正しい名前は「シミュレーション仮説」でした。プログラム仮説という言い方は、どこにも見当たりません。わたしが勝手に妄想していたのかな。しかも中身は、「この世界は作り物だ!」と言い切る話ですらなかったんです。
シミュレーション仮説は「3つのうちどれか」という話
2003年、哲学者ニック・ボストロムが論文で発表
この世界は、コンピューターの中の作り物かもしれない、という話。映画『マトリックス』の公開は1999年なので、映画のほうが先!
なんと!マトリックスのほうが先らしい。マトリックスから着想を得たのだろうか? 論文が映画をヒントにしたのかが気になって調べてみたけど、そこまでは分かりませんでした。
3つのうち、どれか1つは本当
① 本物そっくりの世界を作れるようになる前に、人類が滅ぶ
② 作れるようになっても、作ろうとしない
③ わたしたちは、ほぼ確実にその作り物の中にいる
この3つのどれかが正しい、という理屈。言い出した本人も「③が正解」とは言っていない。
なるほど、いや、なるほどというか、よくわからないけど、3番だけの話だと思っていました。そうではなくて、いろいろな考え方の中の1つなのかな。可能性が3つある?

答えは、そのとおり3つ。3番だけの話というのは、わたしの思い込みでした。
ゲームや映画で、この話にもう出会っていた
(ここから先、ゲームと映画の結末にふれます)そういえば、この考え方で思い出すのは、マトリックスもそうだけど、わたしが多分最初に触れたのは『スターオーシャン3』というゲームだったと思います。最後の最後で、この世は神のような存在にプログラムされていて、確かその神のような存在がラスボスだった気がする。
『スターオーシャン3』の発売は2003年
PS2のゲーム(正式な名前は『スターオーシャン Till the End of Time』)。終盤で、主人公たちの世界はスフィア社という会社が作ったシミュレーターの中だったと明かされる。ラスボスは、その会社のオーナー。
記憶は、ほぼ当たり!しかもボストロムの論文と同じ2003年の発売です。
あと、そういえば、映画版のドラゴンクエスト5もそんな内容だったような? 最後の最後に、そんな感じの、プログラムの中の人間だったみたいなラストになっていた気がします。
映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』
2019年公開。主人公の冒険は、じつはVRのゲームの中の出来事だったと、ラストで明かされる。
どちらの作品も、賛否両論だった気がします。でも、これって堀井雄二さんの許可が出たのかな? 気になる。
ラストは、堀井雄二さんも一緒に決めていた
原作・監修の堀井雄二さんと山崎貴総監督が、最後のセリフを夜中まで話し合って決めたと報じられている。
へー。さすがに勝手にはできないだろうと思っていたけど、あんなに大きな変更だから。でもやっぱり、わたしは映画館で観たけど、あまり受け入れられるものではなかった。そのラスト自体がというわけでもなくて、それがうまく作品全体としてまとまっているなら、よかったとは思うんですが。
その上であのラストだったので、批判が大きかったように思います。どんなラストであろうと、それを成立させるような説得力さえあればよかったと思う。
根拠はある?もとは「思考実験」だった
そもそも、この仮説はどこから発想したんだろう? 根拠のかけらみたいな、断片みたいな、かすかなものでも、何かあるんだろうか。妄想?ではないと思うんだけど。
根っこは「証拠」ではなく「理屈」
作り物の世界がいくつも作られるなら、本物より作り物のほうが多くなるはず、という確率の理屈。頭の中で「もし〜なら」を突きつめる「思考実験」に近い。
あ。この理論に固執してるとか、そういうわけではなく、思考実験の1つなんだね。それって、小説家がシナリオを考えるのに似てるのかな。つまり仮説っていうのは、そういうことなんだろうか?
2012年には「確かめ方」の論文も
アメリカの物理学者たちが、宇宙から飛んでくる粒に、ゲームのマス目のような区切りの跡が出るかもしれない、と提案。答えはまだ出ていない。
小説のシナリオと似ているけど、確かめる方法まで探されるところが、お話とのちがいみたいです。

これ、もしかしたらAIの時代の今だったら、もっと検証の方法がたくさんありそうだし、はかどりそう。高度なAIが作った世界である、というような話もありそうだね。人間がそれを作るというより、AIが作る。そんな、つまりAIが神様みたいな妄想も広がる。
ハチの巣や雲が「設計されたみたい」なのはなぜ?
この世界は、あまりにも絶妙なバランスで成り立っているんだろうなと思います。生物の世界にも、信じられないような数学的な、幾何学的なものがあるように感じる。例えば虫が作る巣とか。ハチとか。雲とか。
なんであんなに美しい形に、数学的に、人が設計したような形に出来上がるんだろう。あまりにも合理的にできているような気がします。
ハチの巣の六角形は「いちばんケチな形」
すき間なく並べたとき、壁の長さがいちばん短くて済むのが六角形。2,000年以上前に予想され、1999年に数学で証明された。
数学的に見えたのは、気のせいじゃなかったみたいです。

雲のりんかくは「フラクタル」
一部を拡大しても、全体と似た形がくり返す図形のこと。雲のりんかくや、入り組んだ海岸線がその例。
その自然のルールが、あまりにも合理的ですごい。なぜかそれが、世界のすべてに適用されているような絶妙なバランス。1つが崩れたら成立しないみたいな。
でもなんか、なんというか、ミステリー的なロマンは感じます。この世界がプログラムかどうか、答えはまだ出ていません。もし本当にプログラムなら、毎回名前を忘れるのも、たぶん仕様です。
