ギガス写本は、13世紀のはじめに今のチェコの修道院で作られた、重さ約75kgの手書きの本です。1ページまるごと悪魔の絵が描かれていて「悪魔の聖書」とも呼ばれますが、調べてみたら、その正体は、1人の修道士が20年以上かけて書いたと見られる、聖書と当時の知識がまるごと入った1冊でした。
昔どこかで見たのに、すっかり忘れていたでっかい本のミステリー。わたしの記憶に残っていたのは「ギガント写本」みたいな響きだけで、改めて調べてみることに。正しくは「ギガス写本」でした。
ギガス写本はどれくらい大きいの?
縦92cm・重さ74.8kgの写本
大きさは縦約92cm・横約50cm・厚さ約22cmで、重さ74.8kg。中世の手書きの本では、世界最大級。運ぶのも2人がかり!
めちゃくちゃでっかい・・・! これ、そもそも自立するんでしょうか? 横に寝かせておく前提なのかな。立てたら、自分の重みで壊れそうです。
重さ75kg。読むより先に、持ち上げる人が2人いります。ページをめくるだけで一苦労。というか、めくるときにページが破れそう。

じゃあ、ふだんは立てて置いていたのか、寝かせていたのか。さっきの疑問をふまえて調べてみましたが、置き方までは分かりませんでした。次に気になったのは、これだけ大きな本に何が書いてあるのか、です。
ギガス写本には何が書いてあるの?
中身は聖書から、まじないまで
全部ラテン語で、旧約・新約聖書、ユダヤの歴史の本、百科事典、医学の本、悪魔払いやまじないの文、暦まで入っている。
ほー。図書館まるごと1冊ってことですね。ということは、文字はふつうの大きさなのかな? 大きな1ページに、ものすごい量が書いてあるんだろうか。それは読みにくそう。字がでかいわけじゃないんだろうな。

1ページは2段、1段に106行
1ページを2段に分けて、1段に106行ずつ書かれている。
予想は当たり。1段に106行も並ぶなら、字がでかいわけではなさそうです。字の大きさそのものの数字まで探してみましたが、そこは見つかりませんでした。そしていよいよ、呼び名のもとになった悪魔の絵です。
なぜ「悪魔の聖書」と呼ばれるの?
見開きの右に悪魔、左に天の都
高さ約50cmの悪魔が、1ページいっぱいに描かれている。緑の顔に赤い角、口からは2本の赤い舌。この絵から「悪魔の聖書」と呼ばれている。
この悪魔の正体は、なんなんだろう? 何の悪魔なのか、それとも完全に創作の悪魔なのか。名前があるなら知りたいところです。

特定の悪魔ではなく、悪魔そのもの
キリスト教でいう悪魔(サタン)。腰の白テンの毛皮は王の印で、「闇の王」を表すという見方も。絵は、罪の悔い改めの文と悪魔払いの文のあいだにある。
答えは、名前のある悪魔ではなく、悪魔そのものでした。完全な創作というより、キリスト教の悪魔を、この本なりの姿で描いた絵です。
手前のページは黒ずんでいる
悪魔の絵の何ページか手前は、何百年ものあいだ読む人がこの絵を目指してめくり、光に当たり続けて黒ずんだと言われている。
めくるときに破れそう、と思ったページは、めくられ続けて色が変わっていました。悪魔の絵は、昔から見たい人が多かったみたいです。そうなると気になるのが、悪魔が一晩で書いたという話のほう。
本当に悪魔の力で一晩で書いたの?
悪魔の力で一晩、という言い伝え
壁に塗り込められる罰を受けた修道士が、悪魔に魂を売って一晩で本を書き上げ、お礼に悪魔の絵を描いた・・・という言い伝え。
そういえば、この「悪魔に頼んで一晩で書き上げた」という話。この本そのものに書いてある、もともとの公式の設定なんでしょうか? だから悪魔が描いてあるのかな?
言い伝えは、本に書かれていない
いつ誰が言い出したのかも分かっていない。スウェーデン国立図書館は根拠のない話とし、本の大きさに驚いた人たちが生んだ言い伝えだろうと見ている。
どうやら、公式の設定ではなく、本を見た人たちから生まれた言い伝えだったみたいです。悪魔の絵も、言い伝えではお礼の絵ですが、本の中では悔い改めの文と悪魔払いの文のあいだに置かれた絵。言い伝えと本の中身は、別ものだったわけです。
1人で20〜30年かけたと見られる
字の形が最初から最後までそろっていて、1人で書いたと見られている。休まず書き続けても5年、ふつうに暮らしながらなら20〜30年。
てことは、20年以上かけて1人で書いたことが、もう分かっちゃってるんですね。悪魔の力を借りて一晩で、じゃないのは当たり前ですけど。

でも、20年って何のために書いたんだろう? これで商売になったのか、ただの趣味なのか。そもそも、このでかい本を作るだけで、材料にお金がかかりそうです。アートとしての値段みたいなものは、つくんだろうか? それに、20年もかけていたら最初に書いたことが古くなりそうで、当時の考えで正しい内容だったのかも気になります。
中身は、もとからある本の書き写し
1世紀のユダヤの歴史の本や、7世紀の百科事典など、すでにあった本を書き写したもの。
新しく書き下ろした本ではなく、書き写した本。20年で中身が古くなる心配は、あまりなさそうです。書いてあるのは、当時の知識の集まりでした。じゃあ、そんな本がどうして今はスウェーデンにあるのか。
ギガス写本がスウェーデンにあるのはなぜ?
質に入れられ、皇帝のもとへ
作った目的の記録は残っていないが、13世紀のうちに、ほかの修道院に質に入れられたことがある。1594年には、プラハの皇帝ルドルフ2世のもとへ。
質に入れられるくらいなので、昔から値打ちはあったみたいです。ただ、なぜ作られたのか、材料にいくらかかったのか、今ならいくらの値段がつくのかまでは、気になって調べてみたものの、分かりませんでした。
戦争でスウェーデンへ、火事では窓から
1648年、三十年戦争でスウェーデン軍が持ち去った。1697年、ストックホルムの城の火事では窓から投げ出され、下にいた人がけがをした、ページが飛んでいった、という話も伝わっている。
いや、こんなものが落ちてきたら、ただの大けがでは済まなそう・・・。なにしろ74.8kgが窓から降ってくるわけですから。それに、何枚か飛んでなくなったということは、今ある本に、はっきり跡が残っているんだろうか。

なくなったページは、切り取られていた
もとは320枚とされ、今は310枚。スウェーデン国立図書館は、火事で飛んだのではなく切り取られたと見ていて、誰が、なぜ切ったのかは分かっていない。
飛んでいったのではなく、切られていた。その跡がどうなっているのかも探してみましたが、そこまでは分からず。今はストックホルムのスウェーデン国立図書館で展示されていて、全ページがネットでも見られるそうです。
悪魔の聖書の正体は、悪魔じゃなくて、1人の人間の20年以上の手書きでした!

