紅の豚のマルコはなぜ豚になったのか?

あの赤い飛行艇に乗る渋い中年男性、ポルコ・ロッソ!

でも、なんで豚の姿なんでしょう?

実は「紅の豚」の最大の謎とも言えるこの設定には、深い理由があったんです。

公式設定から宮崎駿監督の発言まで、しっかりと調べてみました!

ポルコは自分で豚になる魔法をかけた

まず驚きの事実から!

ポルコは誰かに呪いをかけられたわけではなく、自分で自分に魔法をかけて豚になったんです。

これは1992年の映画公開当時のパンフレットにハッキリと書かれています。

「迫り来る新たな戦争を前に再び国家の英雄になることを拒み、自分で自分に魔法をかけてブタになってしまいます」

つまり、ポルコが豚の姿でいるのは完全に本人の意志なんですね。

📌 **ポルコの基本情報**
・本名:マルコ・パゴット
・年齢:36歳(映画時点)
・元職業:イタリア海軍飛行隊エースパイロット
・現職:賞金稼ぎ

劇中でも「自分は豚だから関係ない」と言っているシーンがあります。

豚の姿になったことを全然気にしていないんです。

戦争への嫌悪感が豚になった理由

では、なぜマルコは豚になることを選んだのでしょうか?

第一次世界大戦で多くの仲間を失ったマルコは、戦争そのものに深い嫌悪感を抱いていました

戦争が終わった後、軍隊に戻ることを拒否したマルコ。

その理由は、宮崎駿監督の発言からも読み取れます。

💡 **マルコが軍隊を拒否した理由**
・第一次世界大戦での仲間の犠牲
・新たな戦争への恐怖
・国家主義への反発
・個人として自由に生きたい願い

「ファシストになるより豚の方がましさ」

作中でのこのセリフが、マルコの気持ちを表しています。

1992年のインタビューで宮崎駿監督は、ヨーロッパの民族主義について「また、民族主義の亡霊が出てきたと思って。何度もそれで血を流しているのに、全然けりがつかない」と語っています。

豚になることで、マルコは「そういう事はもううんざりした。勝手にやってろ、おれはやらねぇ」という意思表示をしたんですね。

宮崎監督が込めた深い意味

実は「紅の豚」には、宮崎駿監督自身の思いが強く反映されています。

この作品は「疲れて脳細胞が豆腐になった中年男のための、マンガ映画」として作られました

1990年代初頭、ソ連崩壊や湾岸戦争など世界情勢が激変する中で作られた作品なんです。

✅ **豚に込められた意味**
・社会の価値観からの離脱
・理想を失わない強さ
・現実主義者にならない意志
・個人として生きる選択

「ポルコ・ロッソ」という名前も意味深です。

イタリア語で「ポルコ」は豚、「ロッソ」は赤を意味します。

でもイタリアでは「ポルコ」は人を罵倒する言葉でもあるんです。

さらに「赤」は共産主義を象徴する色。

つまり「赤い豚野郎」という、かなり挑発的なネーミングなんですね。

宮崎監督は社会主義者として知られていましたが、同時にソ連も中国も嫌いだと公言していました。

「転向して理想のない現実主義者の仲間になりたくなかった」という監督の思いが、豚になったポルコに重ねられているんです。

ポルコが豚になったのは自分への戒めだった

結論として、マルコが豚になったのは複数の理由が重なっています!

戦争で仲間を失った罪悪感、国家主義への反発、そして自分自身への戒め。

これらすべてが「豚になる」という選択につながったんです。

でも重要なのは、ポルコは豚の姿でも人間らしい心を失っていないこと。

ジーナやフィオとの関係を見れば、彼が本当は優しい人間だとわかります。

「飛ばねぇ豚はただの豚だ」という名セリフも、理想を持ち続ける大切さを表しているんですね!