SPAR(スパー)というコンビニチェーンを覚えていませんか!
実は2009年に日本から完全に姿を消していました。
一時期は全国2000店舗以上を展開していたのに、なぜ消滅してしまったのか気になって調べてみました。
ボランタリーチェーンという独特な経営方式が関係していたようで、その背景には日本の小売業界の構造的な変化もあったんです!
1. SPARってそもそも何だったの?
SPAR(スパー)は、オランダに本部を置く「SPARインターナショナル」の日本版として1977年に上陸したコンビニでした。
当初は食料品店やスーパーマーケットのボランタリー・チェーンとして展開していました。
1985年3月に関東地域スパー本部がコンビニ業態の「ホットスパー」1号店を開業させ、その後全国各地で店舗展開が進みました。
最盛期には2000店舗以上を数える規模まで成長していたんです。
全国に各地区本部があって、それぞれ独立して運営されていたのが特徴的でした。
株式会社全日本スパー本部が全体のまとめ役として愛知県名古屋市に設置されていました。
2. ボランタリーチェーンの仕組みに問題があったの?
SPARの経営方式は「ボランタリーチェーン」と呼ばれるもので、これが後の経営困難の原因となりました。
ボランタリーチェーンでは、店舗のオーナーに経営の主導権があります。
フランチャイズチェーンと違って、経営に介入されることなく独立して運営できるのが魅力でした。
商店主にとっては経営の自主性を保てるメリットがありました。
しかし反面、運営戦略が各地方・各店舗でバラバラになってしまう課題がありました。
全国一律の商品仕入れや物流共同化が推し進められず、スケールメリットを活かせない構造的な問題を抱えていたのです。
3. いつ頃から経営が厳しくなったの?
2000年代に入ると、SPARの経営状況はとても悪化していきました。
各地区本部が独立して運営していたため、統一性のある戦略が立てられなかったのが大きな要因でした。
2007年11月14日、グループの中核企業であったホットスパーコンビニエンスネットワークスが、全店舗を「ココストア」に変更する方針を発表しました。
これが事実上のSPAR終了の始まりでした。
1. 2007年11月:ココストアへの変更方針発表
2. 2008年2-3月:419店舗をココストアに転換
3. 2008年6月:社名をココストアイーストに変更
4. 2008年11月:全日本スパー本部が契約解消
4. 完全に消えるまでどのくらいかかったの?
2008年11月末で全日本スパー本部が国際スパー本部との契約を解消し、2009年2月末の総会で清算されました。
これで日本のスパー事業は事実上終了となりました。
ただし、北海道スパーだけは国際スパー本部と直接契約を継続していました。
しかし2016年7月、この北海道スパーもオランダの国際本部「SPARインターナショナル」との契約を11月末で終了すると発表。
北海道内の約60店舗は8月末までに別のチェーンに看板を変更し、これで一時は2000店以上あった「SPAR」が日本から完全に消滅することになったのです。
5. なぜ他のコンビニは成功したのに?
同じ時期に成長していたセブン-イレブンやローソンなどは、なぜ成功できたのでしょうか?
最大の違いは経営方式にありました。
セブン-イレブンなどのフランチャイズチェーンは、本部が店舗運営に積極的に関与し、統一された戦略で商品開発や物流システムを構築していました。
一方でSPARは、各地区本部や店舗の独立性を重視したため、統一性のある成長戦略が取れませんでした。
また、1980年代後半から1990年代にかけてのコンビニ業界の急成長期に、SPARは十分に対応できませんでした。
24時間営業や独自商品開発など、他チェーンが進めていた革新的な取り組みに遅れを取ってしまったのです。
情報については各自で最新の状況をご確認ください。
まとめ
SPARの消滅は、日本の小売業界において貴重な教訓を残しました。
ボランタリーチェーンという経営方式は店舗の独立性を保てる魅力がある一方で、急速に変化する市場環境には対応しにくい構造でした。
統一された戦略と効率的な物流システムを構築できなかったことが、最終的な要因となったのです!